器の「初音ミク」と生身の「キズナアイ」2人を隔てる「差」の正体

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作品名:器の「初音ミク」と生身の「キズナアイ」2人を隔てる「差」の正体

作者:片野 浩一

「キズナアイ」を特長づけるもの

YouTubeで人気のバーチャルユーチューバー(以下、VTuber)がいる。「キズナアイ(Kizuna AI)」。2016年11月、それまで主流だったリアルな人間のユーチューバー(YouTuber)と異なり、2次元のアイドルの容姿で登場したキャラクターだ。

彼女(としておく)の開設するYouTubeのチャンネル「A.I.Channel」には登録者数が267万人、投稿した動画本数の総視聴回数は2億回を超える。またゲーム専門のチャンネル「A.I.Games」の登録者数も141万人いる。「人間のことを知りたい。仲良くなりたい」を目的に、ゲーム実況から音楽、ライブ、身近な話題提供まで幅広いテーマの動画をほぼ毎日投稿するマルチなエンターテイナーとして活躍し、2018月4月にはオリジナルソングもリリースした

このVTuberとは、こうした動画配信・共有サイトのなかで2次元の人間や動物、生物など様々なアバター(ネットワーク上のバーチャル空間に存在させるユーザーの化身)の姿に扮してパフォーマンスを行う人たちを指す。そのなかでも「キズナアイ」は、人気の高さで群を抜いている。中国版ニコニコ動画ともいうべき、bilibili動画でも公式チャンネルの登録者数が80万人を超える人気ぶりで、今のVTuber市場をけん引しているといってもよい。

この「キズナアイ」には限られた情報だが公式のプロフィールがある。年齢16歳、身長156cm、体重46kg、スリーサイズ、誕生日などである。しかし、彼女を特長づけるのは何といっても、VTuberの中身の人(“魂”と呼ばれる)のキャラクター性である。職業が声優ともタレントとも噂されるその人の声とパーソナリティ、パフォーマンスがそのまま彼女の個性として表出されている(設定はあくまで“インテリジェントなスーパーAI”だが)。

VTuber「キズナアイ」は、中身の人間がそのキャラクターの多くを形成する要素である。そのため、いろいろな意味解釈を生み出す。2019年5月に投稿された「キズナアイの分裂」動画に始まるファンの間で議論されている騒動も、その点に端を発している。

価値の複合体である「初音ミク」

さて、動画配信・共有サイトで活躍するバーチャルなキャラクターといえば、「初音ミク」を想起する人も少なくないだろう。

「初音ミク」と「キズナアイ」。前者はバーチャルシンガー、後者はバーチャルエンターテイナーという職業の違いはあるものの、動画サイトに登場してパフォーマンスする姿をみるかぎり、どちらもバーチャルなアイドルと考える人も多い。「初音ミク」には中身がないが、「キズナアイ」には中身が存在する。こう言ってしまえばそれまでだが、2人の違いを考えるために、まずは先輩である「初音ミク」の理解が参考になるだろう。 初音ミク」とは歌声合成ソフトウェアを使ってユーザーが歌を作成し、これにキャラクターを付与したものであるが、筆者は「価値の複合体」として捉えている。

それには4つの側面があり、(1)まず、ヤマハ株式会社が開発して提供する歌声合成エンジン「VOCALOID」とこれを元にクリプトン・フューチャー・メディア株式会社が発売した歌声合成ソフトウェアである。(2)そのパッケージに描かれた「キャラクター」からイラストとその権利(キャラクターの権利や著作権)が生まれた。(3)その後に「バーチャルシンガー」として活動を開始してアイドル並みのコンサートを展開するようになる。(4)さらに「初音ミク」は「コミュニティ」として拡大を続けた。ユーザーがニコニコ動画に投稿した「初音ミク」楽曲と動画から別のユーザーが二次創作物を創り、コミュニティの中で増殖的に拡大した。

興味深いのは、(1)から(4)に向かって、企業や運営側からユーザー側に主導権がシフトしていくことである。「コミュニティ」の側面は、ソーシャルメディアやオープン・メディアという環境と親和しながらユーザー主導のパワーが創り上げた世界である。

ここで言う「二次創作」とは、オリジナル作品の楽曲やイラストを別の作者が改変する行為である。「初音ミク」の二次創作物を創るユーザーは、オリジナルから自分なりの「初音ミク」を創る、いわば“育ての親”となり、その親同士で互いの子供を応援する形で、初音ミクのコミュニティは成長して社会現象になった。

筆者は、そうしたボカロコンテンツが二次・三次・四次と連鎖的に創発されてニコニコ動画のようなコミュニティが活性化する現象(これを「N次創作」と呼ぶ)を、投稿データの取得と分析から科学的に観察した。下の図は、中心にあるオリジナル曲とそれを参照して二次創作が矢印でつながるネットワーク分析の例である。

ピアプロに投稿された「初音ミク」オリジナル楽曲3つに対して、別の作品が二次創作として投稿された姿を描いたネットワーク図(『コミュニティ・ジェネレーション―「初音ミク」とユーザー生成コンテンツがつなぐネットワーク』から引用)

ただし、この二次創作の行為そのものは、著作権法に定める「翻案権」「二次的著作物の利用権」に該当して法律の規制対象になる。

「翻案」とは、オリジナルの著作物にある物語やデザイン、キャラクターなどの表現を使い、これに改変を加えて新しい著作物を創る行為であり、そこから創造されたものが二次的著作物である。ポケモンやスーパーマリオなどの人気キャラクターを一般ユーザーが二次創作して公開するには、常に原著作者からの許諾が必要になる

しかし、「初音ミク」の著作権を有するクリプトン社は、この二次著作物をユーザーが一定範囲で自由に投稿できるガイドラインを作成し、あらかじめ、楽曲やイラストを同社運営の投稿コミュニティ「piapro」に投稿するオリジナル作者にその権利を選択する仕組みを取り入れた。

これは「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)」と呼ばれ、著作権管理の運用を弾力化し、他者が作品を二次利用する条件として、オリジナルの権利者に「表示」「改変禁止」「非営利」「継承」の4つの組み合わせ、計6つのライセンスを用意し、各権利者がどの範囲まで権利を保持し、どこまで権利を開放するかを自由に決めるルールである。インターネット時代におけるデジタルコンテンツの法的制度を先取りする形で、「初音ミク」はクリエイティブな創作活動の拡大にも貢献した。

このように、「初音ミク」にはバーチャルシンガーというビジュアルな顔の裏に、民主的な二次創作を生みだすユーザー・コミュニティの存在や、これを支える柔軟なライセンス運用の仕組みがあったことを指摘しておきたい。これらのインフラや情報環境、またクリエイターの様々な経験価値の上に「キズナアイ」は登場した。

そこに「人格」はあるのか

話を「キズナアイ」との比較に戻そう。「初音ミク」の生みの親であるクリプトン社社長・伊藤博之氏は、私たちの「初音ミクとは何者か」という問いに次のように答えてくれた。

「『初音ミク』現象が海外ではなく日本発だったのは、日本の文化的な背景が関係している。伝統芸能の1つである人形浄瑠璃は『劇』と『語り』が特長で、浄瑠璃(語り手)の語りに合わせて人形が演じる舞台芸術である。三味線の伴奏に合わせて使い手が人形を操る姿は、音楽に合わせてクリエイターが『初音ミク』を操作して、人形と同じようにクリエイターが『初音ミク』という器に魂を込めている姿に重なる」と言うのだ。

つまり、「初音ミク」とはクリエイターたちが自分の思いを込める人形であり、器であるという例えである。あわせて「『初音ミク』に人格はない」とも語っていた。

これに対して「キズナアイ」は、「初音ミク」と同様に思いを込めるクリエイターも存在するが、魂は人格を持った生身の人間である(設定は別であるが)。AIの技術が背景にありながらも、そのキャラクターの個性を表現するのは人間である。この点が二人を分ける違いであり、ファンユーザーが彼女たちを認識する違いにもなっているのではないだろうか。

「初音ミク」のファンユーザーは、自ら語り手となって思い思いの「初音ミク」を創る。それぞれが育ての親となって互いの子供を応援する。そのため、表情や体形が異なる多様な「初音ミク」のパフォーマンスも快く受け入れることができる。

一方、「キズナアイ」のファンユーザーは、あくまで唯一無二の存在としての彼女を応援する。外見は同じであっても、中身の人間が代わると、もはや本人とは別人になる。前述の「キズナアイの分裂」動画がファンの間で議論を呼んだのも、このためだと考えられる。

最後に、この違いを「ユーザー・コミュニティ」という切り口から考えてみよう。

「私は存在理由を見つけたい」

「ユーザー・コミュニティ」とは顧客やユーザーが集まる場であり、情報交換や交流を行う場所である。

「キズナアイ」のコミュニティはわかりやすい。これまでのミュージシャンやアイドルグループを応援するファンクラブと同様の集まりとして理解できるからである。

ユーザーは、「キズナアイ」が提供するプロのコンテンツを楽しむ(「キズナアイ」はマネジメントするエージェント企業、Activ8株式会社に所属している)。動画を視聴したり、VR(virtual reality:仮想現実)のライブに参加して投げ銭と呼ばれる花束やプレゼントの形の課金をしたり、またグッズを買ったりして応援する。その関係は、あくまで売り手と買い手の立場であり、「キズナアイ」とそのエージェント企業は、ビジネスとして活動を収益化(マネタイズ)する仕組みを持っている。

これに対して、「初音ミク」のコミュニティは顧客や買い手としてだけでなく、創作活動にも参加する。「初音ミク」が歌うオリジナル曲とその二次創作、またイラストや動画を描き、協働でコンテンツを創作していく。

つまり「初音ミク」のユーザーは、作り手にもなるクリエイティブ・ユーザーである。コミュニティの中で多様な「初音ミク」が生まれてコミュニティ全体で受け入れて応援する特異な場所と空間が定着して、「初音ミク」が生きる世界となってきた。

しかし、人格を持つ「キズナアイ」のコミュニティでは、そうした多様性は今のところ受容されていない。人気アイドルグループのファンがそうであるように、白石麻衣と名乗る別人のアイドルが乃木坂46グループに新たに加入して許されることはないだろう。「白石麻衣」は、彼女固有のネーミングであり、唯一無二の存在だからである。

「キズナアイ」はどうか。今年5月に公式チャンネルの動画で4人の人格と中身に「分裂」したことが、ファンユーザーの間で物議を醸し出した。これまでの「キズナアイ」を「初代の人、1号」と呼んで分裂を批判するファンの声がある一方、うち1人は中国語に堪能で、bilibili動画で人気が出ているようである。

コンテンツとしての「白石麻衣」と「キズナアイ」の違い。それは、ビジュアルがリアルかデジタルか、という点と、ビジュアルと中身が一体か分離されているかどうかであろう。

ビジュアルがデジタルで、かつ中身と分離している。ここに、「初音ミク」と同じとは言わないが類似点を見いだすことができ、VTuberが生きる世界として、ユーザー・コミュニティの新しい形が生まれてもよいのではないだろうか。

分裂動画のなかで、彼女は「私は存在理由を見つけたいのだ」と語る。これはすべてのユーザーに投げかけるメッセージであり、存在理由を見つけるのは作り手ではなく、ユーザー・コミュニティ側に委ねられているのではないのか。コミュニティの創造力が問われている。